朝青龍帰国!?解離性障害
朝青龍帰国!?解離性障害
20日、横綱朝青龍の病状について、相撲診療所の吉田博之所長は、解離性障害との診断結果を明らかにした。
相撲診療所の吉田博之所長によると、現在の朝青龍の自宅に於ける往診治療は治療環境として好ましくなく、本人が望んでいる通り、モンゴルへの帰国が治療環境としては良いのではないかとの見解を示した。
また、それまで朝青龍のモンゴル帰国は無いとしてきた高砂部屋親方も20日、「今日の朝青龍のモンゴル帰国はない」と、早期のモンゴル帰国は無いとするものの今までよりも少しトーンダウン。朝青龍のモンゴル帰国の可能性を示唆した。
■解離性障害とは
解離性障害(かいりせいしょうがい)とは、心的外傷への自己防衛として、自己同一性を失う神経症の一種。自分が誰か理解不能であったり、複数の自己を持ったりする。
症状の発生と、ストレッサーの間に時期的関連があることが診断の必要条件である。
■ストレッサーとは
ストレッサーとは生物にとっての何らかの刺激の事を言う。又、その範囲は広い。主に物質的な刺激の事をいうが心理的な意味も含まれる(暑さ、寒さ、痛み、生理的物質への反応、怒り、苦しみ、など)。この用語は主に心理学、生物学等においてストレスの原因の意味として使われる。心理学においてはこの定義に対しては一様ではなく多義的である。
※医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。

■朝青龍プロフィール
朝青龍明徳(あさしょうりゅう あきのり、1980年9月27日 - )は、モンゴル国出身の力士で第68代横綱。本名 Долгорсүрэн Дагвадорж(Dolgorsüren Dagvadorj;ドルゴルスレン・ダグワドルジ)。まだ若いが、既に「平成の大横綱」と形容される。また、「明徳」という名前は出身校である明徳義塾高等学校にちなんで名づけられた。
15歳でモンゴル相撲を始め、ナーダム祭の相撲少年の部で優勝した。1997年に日本の明徳義塾高校に相撲留学し、2年後に退学して角界に入門した。2001年一月場所に新入幕し、翌年7月にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進し、同年十一月場所、翌年一月場所に連続優勝して横綱に昇進した。
2003年結婚する。またこの年、長女が誕生する。
2004年一月場所・三月場所で、2場所連続全勝優勝(30連勝)を果たした。続く五月場所は6日目(同年5月14日)に平幕の北勝力に敗れて連勝が止まり、最終的にこの場所は2敗となったが、千秋楽(5月23日)の優勝決定戦で北勝力を破り、3場所連続優勝を達成した。7月場所も13勝2敗で優勝。1996年の貴乃花以来となる、4場所連続優勝。2004年十一月場所から7場所連続優勝(従来は1962年七月場所~1963年五月場所、1966年三月場所~1967年一月場所に2度記録した大鵬の6場所連続)、2005年には年間6場所完全優勝(従来は1966年の大鵬、1978年の北の湖、1986年の千代の富士の5場所)、年間成績84勝6敗(従来は1978年の北の湖の82勝8敗)と、様々な記録を更新し続けている。 2005年十一月場所終了現在、通算348勝97敗5休、幕内在位30場所、優勝15回(うち全勝4回)。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回。
(Wikipediaより)


