阿久悠さんが死去【尿管がん】
阿久悠さんが死去【尿管がん】
昭和のヒットメーカー偉大な作詞家の阿久悠(あく・ゆう)さんが尿管がんで8月1日、午前5時29分、東京都港区の慈恵医大病院で息を引きとられました。享年70歳と今日の日本人の平均寿命からすると早すぎる死に関係者は衝撃を隠せない・・・。
葬儀については、身内でのみ行い、後日「送る会」を別途催す予定との事。喪主は妻、深田雄子(ゆうこ)さん。
阿久悠さんは、ピンクレディーの「UFO」、「サウスポー」、「モンスター」、「透明人間」、西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」、和田アキ子さんの「あの鐘を鳴らすのはあなた」、八代亜紀さんの「雨の慕情」、沢田研二さんの「勝手にしやがれ」、小林旭さんの「熱き心に」、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」、石野真子さんの「狼なんか怖くない」、岩崎宏美さんの「シンデレラ・ハネムーン」などなど、数々の記憶に残る昭和の歌謡曲の作詞を手がけるだけではなく、「宇宙戦艦ヤマト」、「デビルマン」などのアニメ主題歌の作詞、日本テレビ系高校サッカーテーマ曲「ふり向くな君は美しい」の作詞などなど作詞活動だけでも多岐に渡る活躍をしている。その作品のどれもが、印象に残るのが特徴だ。何年経っても記憶に残る名曲を数多く残してきた。
また作詞活動だけに留まらず、映画化もされ、直木賞候補にもあがったあの「瀬戸内少年野球団」、横溝正史賞受賞した「殺人狂時代 ユリエ」などの小説の執筆活動もされていた。
■阿久悠さん最後の出演
病魔にむしばまれても、歌への思いは変わらなかった。4月1日からNHK・FMの「ミュージックメモリー」(日曜後8・0)にレギュラー出演。共演した同局の葛西聖司アナウンサー(56)は「病院で透析治療を受けてからスタジオに入られることもあったが、収録中にどんどん元気になって。本当に歌を愛しているのだと思いました」と振り返った。結局、体調悪化のため5月22日収録分(6月17日放送)を最後に降板した。
テレビでは7月28日放送のNHK総合「通・つう 歌謡曲」(深夜0・10)に出演した。収録の行われた5月ごろ、すでにかなりやつれた様子。これがお茶の間にみせる、最後の姿となった。
■阿久悠さんプロフィール
阿久 悠(あく・ゆう)
本名・深田公之(ふかだ・ひろゆき)。昭和12年2月7日、兵庫県五色町(現洲本市)生まれ。明治大文学部卒。広告代理店宣弘社勤務を経て42年に「朝まで待てない」で作詞家デビュー。46年に「日本レコード大賞」の大賞を「また逢う日まで」で受賞。53年に作家デビューを果たし、平成9年に第45回菊池寛賞を受賞、11年に紫綬褒章を受章。産経新聞「正論」執筆陣として論壇でも活躍。妻、雄子さんとの間に1男。
■尿管がんとは
腎臓とぼうこうをつなぐ尿管にできるがんのこと。喫煙、鎮痛剤(フェナセチン)服用などが原因とされる。症状としては血尿、がんが進行すると腰、背中の痛みを伴うこともある。罹患(りかん)率はぼうこうがんの約20分の1と比較的まれ。男性のほうが女性より多く、2倍以上とされている。年齢別では50代から70代が高くなる。また、治療後に30~40%程度、ぼうこう内にがんが発生することが知られている。
■阿久悠さん追悼番組
阿久悠さんの追悼番組を放映する事が決まったらしい。
BSフジでは長時間にわたって阿久さんにインタビューした番組「メッセージ.jp」(昨年11月放送)を、5日正午からと7日午後8時から再放送する。 一方、衛星デジタル音楽放送局、ミュージックバードでは、2日から31日まで歌謡&演歌チャンネルの生番組「歌の交差点」(後7・0)で特別番組を放送する。双方とも阿久さんの歌作りと精神を知ることができる貴重な映像やエピソードが満載だ。
他局でもおそらく放送されるであろう。
阿久悠さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

